聖書解説・教会日曜学校教師の聖書入門

バプテストというキリスト教の日曜学校(SS)の教師が聖書(旧約聖書・新約聖書)のお話を分かりやすく解説。日曜学校礼拝のお話の足跡

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帰ってきた息子

   

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12-3 帰ってきた息子(放蕩息子)
 9/13 ルカ15:11?24
先週のお話を覚えていますか?サマリアの女とイエスさまのお話でしたね。イエス様は、サマリアの女に私が命の水ですといったお話でした。
今週のお話は、イエス様のたとえ話です。
ある家にお父さんと二人の息子がいました。ある日弟が、お父さんに、「お父さんが死んだときに僕にいただける分を、今僕にください」といいました。お父さんは、心配でしたが、息子に相続分の財産を渡しました。息子は、何日もしないうちにすぐにお金に変えてしまい、遠くの街へ旅立ちました。
そしてその町で、毎日パーティーして、お金を無駄遣いして、多くのお酒を飲みやってはいけない遊びをいろいろとしていました。そして、お父さんからもらったお金を全部使い果たして、食べるものも、すむところもなくなってしまったのです。
そんなあるとき、その地方で、大飢饉が起こり、食べるものにも困るようになってしまったのです。ある人の紹介で、豚の世話をすることになりました。息子は、食べるものがなくて、豚の世話をしているとき豚のえさ出さえ食べたくなるほどでした。
そんな時、お父さんのことを思い出しました。「自分は、なんて悪い生活をしていたんだろう・・・。お父さんに謝りたい。息子として出なくてもいい。召使としてでもお父さんのところで一緒にいたい」と思いました。そして、遠く離れているお父さんの住む町へと息子は旅立ちました。
家に帰る途中息子は何を考えていたでしょうか?お父さんは許してくれるかなぁなんて考えていたかも知れませんんね。お父さんは許してくれたと思いますか?
懐かしい家が見えてきたころ声がしました。「おかえり」遠くのほうからお父さんが、大きな声息子を呼び、息子を迎えるためにこっちへ走ってきます。そうです。お父さんは、出て行った息子をずっとずっと帰ってくるのを待っていたのです。
お父さんは、怒るどころか、大喜びでいいました。「いっぱいご馳走を作って、お祝いしよう。いなくなっていた子供が帰ってきたんだから。」
このたとえのお父さんとは、天のお父さんの神様のことです。お父さんからそして、離れていた息子とは、私たち一人ひとりのことです。私たちは、神様のことを知らないといい、自分勝手に生きる罪をもっています。私たちは、神様に、ごめんなさいといい、神様野本へ帰りましょう。このお話のお父さんのように、神様は、私たちが、神様に帰るのをずっと待っていて、帰ってきたのをすごく喜んでくださいます。

 - イエス様のたとえ

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