聖書解説・教会日曜学校教師の聖書入門

バプテストというキリスト教の日曜学校(SS)の教師が聖書(旧約聖書・新約聖書)のお話を分かりやすく解説。日曜学校礼拝のお話の足跡

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たねまきのたとえ

   

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たねまきのたとえ
聖書箇所:マタイ 13:1?23
 イエス様がしてくださった「種まき」のたとえのお話です。
 イエス様は、大勢の人たちに、湖のほとりや、船の上からいろいろなことをたとえでお話されました。そのひとつがこの種まきのたとえです。
 種まきをする人が、種をまいているとき、道端に種が落ちました。すると、鳥がきて、その種を食べてしまいました。
 また、別の種は、土の薄い岩地に落ちました。すると、すぐに芽が出ましたが、根っこがないために、すぐに枯れてしまいました。
 また、別の種は、いばらのいっぱいあるところに落ちました。その芽は、いばらにふさがれてそれ以上は伸びませんでした。
 また、別の種は、よく耕されたよい地に落ちました。よい地に落ちた種は、しっかり根を張り、土から栄養や水分をえて、太陽の光に守られて、すくすくと育ち、いっぱいいっぱいの実をならせました。
 この種まきのたとえの種とは、神様のみ言葉のことなのです。
 道端に落ちた種は、神様の言葉を聞くけれど信じないで、悪魔の餌食になることです。
 また、岩地に落ちた種は、神様の言葉を信じはするけれど、根っこがないので、困難なことがあるとすぐに、投げ出してしまうことです。
 また、茨に落ちた種は、芽は生えたけど、大きくなれませんでしたね。これは、神様の言葉をしんじても、ほかのものに、楽しいものや、心惹かれるものに、惑わされて身を結ぶまで大きくなれないということです。
 よいちにまかれた種は、根を張りいっぱいのみを結びましたね。
 神様のみ言葉を素直に信じて、歩む人は、神様から祝福され、いっぱいのみをむすばさせてもらえるとイエス様はたとえの中でお話されました。
 私たちも、よいちにまかれた種のように、神様の言葉を素直に信じ、世の中の楽しいことはいっぱいあるけれど、それに惑わされず、歩むことができ、神様に祝福されて、多くのみを結ぶことができれば幸いなことだと思いました。

 - イエス様のたとえ

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